市政

沿革 -旧麻生町-

旧麻生町のあゆみ
昭和30年
・合併後初の町議会が召集 (3月)
・町長選挙の投票が10日に行われ、高野勝氏が4,828票を得て当選 (5月)
・麻生幼稚園が開設 (7月)
・合併祝賀式典が24日、麻生公民館で行われた (8月)
昭和31年
・町議会議員選挙が、3日行われた (3月)
・老朽化校舎解消のため新築される行方小学校の上棟式が13日行われた (4月)
・国民健康保険の全町実施計画案がまとまり、12日の臨時町議会に提案、可決された (5月)

昭和32年

・老朽化した麻生小学校校舎の改築工事が完成 (2月)
・国保病棟が竣行 (4月)
・町観光協会が1日創立総会を開き発足した (5月)
・第一回麻生町民体育大会が28日麻生高グラウンドで開会 (7月)
・町初めての農業祭が6日開会 (12月)
昭和33年
・小高小学校の新校舎が完成 (4月)
・26日の台風22号によって、大和第一小学校校舎が倒壊した (9月)
・太田農協の有線放送施設が完成 (10月)
・応募数148通の中から厳選、15日町章が決まった (10月)
・17日町営住宅の地鎮祭を挙行 (11月)
昭和34年
・町長選挙の投票が20日行われ、即日開票の結果、高野勝氏が5,398票を獲得、再選された (3月)
・30年の合併以後、従前の役場は支所となっていたが、1日、支所を廃止 (6月)
・大和第三小学校の上棟式が14日盛大に行われた (11月)
昭和35年
・公衆電話架設工事が完成 (1月)
・合併後全町一選挙区による麻生町議会議員選挙は22日投票が行われた (2月)
昭和36年
・元旦から麻生協同病院が麻生町国民健康保険第一診療所と名称が変わり、麻生町が経営することになった (1月)
・交通安全協会の機構改編によって麻生町にも支部を設立することになり、9日、役場に麻生地区交通安全協会役職員が出席して設立総会を開き、発足 (8月)
昭和37年
・富田東給水組合でも工事が完成、5日竣工式をあげた (1月)
・麻生町交通安全都市推進協議会を発足、交通安全都市の宣言を行った (3月)
・大和第二小学校改築工事が終了、4日竣工式を行った (4月)
・天王崎に国民宿舎「白帆荘」が完成、31日竣工祝賀会を行った (7月)
昭和38年
・麻生町長選挙の投票が27日行われ、即日開票の結果、永作実氏が5,084票を獲得して当選した (2月)
・町営住宅を麻生地区新原に建設するため、用地買収を決めた (10月)
昭和39年
・25日行われた麻生町議会議員選挙で26名の新議員が誕生した (2月)
・昭和36年以来建設を続けてきた東中学校が完成、3日、多数の来賓が出席して竣工式を行った (4月)
・白浜漁港の建設が始まった (8月)
・蔵川、青沼、四鹿、杉平、小牧、新宮、天掛、篭田を対象とした農村集団自動電話が開設される (10月)
昭和40年
・公民館大和分館が、東中学校建設により、旧大和中学校校舎を利用して大和出張所前に移築改装することになった (2月)
・太田地区と行方地区に、1日、幼稚園が開園した (4月)
・統合麻生中学校建設は16日起工式を行い、第一期工事に着手した (7月)
・昭和30年3月31日、麻生町、大田村、大和村、行方村、小高村が合併して麻生町が誕生して10年が経過、その節目に役場新庁舎が完成した (11月)
昭和41年
・麻生農集電話427機が2月28日に開通したことから、6日、麻生公民館で開通祝賀会を開催 (3月)
・小高農業協同組合の組合事務所が完成 (10月)
昭和42年
・麻生町長選挙の投票が2月28日行われ、小沼幸藏氏が当選 (3月)
・小高小学校内に小高幼稚園が設置され、7日開園 (9月)
・大和第一小学校内に5月に開園していた大和幼稚園の新しい園舎が大和第一小前に完成、11日竣工式を行った (12月)
昭和43年
・麻生町議会議員選挙が27日行われ、24名の新議員が決まった (2月)
・春休みを利用して茨城県内をご見学された浩宮さま(現皇太子殿下)が、26日土浦から船で麻生にお着きになり白帆荘でご昼食 (3月)
・行方郡の五町村が広域行政の一環として北浦村に建設を進めていた老人福祉センターが完成 (5月)
・麻生町の麻生、太田、大和、行方、小高の各農協が合併して1日、新しく麻生町農業協同組合が誕生 (9月)
昭和44年
・麻生中学校の建設工事は昭和40年以来進められてきたが、校舎と体育館が完成、関係者と全校生徒が出席して竣工式が行われた (1月)
・大字粗毛地内に建設を進めてきた町営住宅10戸が完成、1日から入居 (2月)
・麻生町第一診療所の新築工事が終わり、7日竣工開所式を行い、9日から診療を始めた (5月)
昭和45年
・太田小学校が完成 (3月)
・農協野菜集荷所が役場わきに完成 (4月)
・新原の内山はるゑさんと小高の高栖恒子さん。県主催の県民の日アンケートに当選し「茨城を空から見る会」へ招待される (11月)
昭和46年
・電話が自動ダイヤル化 (1月)
・任期満了による麻生町町長選挙 (2月)
・麻生町給食センターが完成 (4月)
・麻生町、玉造町、北浦村共同でごみ処理場の建設を開始。 「麻生町外一町一村ごみ処理組合」の活動が本格化 (5月)
・環境保全町民会議の発足 (12月)
昭和47年
・麻生町議会議員選挙 (2月)
・町役場大和出張所が廃止 (3月)
・麻生町、玉造町、北浦村共同でごみ処理場が完成 (5月)
・富田霞に建設していた町営住宅四戸建て3棟が完成 (11月)
昭和48年
・天王崎水泳場の開設を断念 (6月)
・麻生第一中学校にプールが完成 (8月)
昭和49年
・霞ヶ浦の清掃。麻生町国民健康保険診療所が廃止 (3月)
・一日開会の町議会に麻生町振興基本構想が提案 (4月)
・茨城国体ムード高揚のための炬火リレー実施を決定 (8月)
・麻生町全域が都市計画区域の指定を受ける (10月)
昭和50年
・麻生町町長選挙 (2月)
・岡の寿福寺の木像薬師如来座像が町文化財第一号に指定される (3月)
・大和第三小学校創立100周年 (11月)
昭和51年
・行方小学校防音校舎の改築内装工事が完了。麻生町議会議員選挙 (2月)
・鹿行広域消防行方北部消防署の新庁所が北浦村小幡に完成 (5月)
・麻生小学校の新校舎が完成 (6月)
・麻生公民館行方分館が旧行方小学校跡に建設が進められ完成 (10月)
昭和52年
・麻生幼稚園に新しい園舎が完成 (1月)
・小牧石堂遺跡発掘調査が終了 (3月)
・麻生町公民館が完成 (5月)
・天王崎公園駐車場が完成 (7月)
・町民の文化祭「公民館まつり」第一回開催 (11月)
昭和53年
・太田小学校が創立100周年を迎える (3月)
・麻生町初の小学校体育館が麻生小、行方小に完成。大和第一小学校の新校舎が完成 (4月)
昭和54年
・共同宿泊研修施設「少年自然の家」が宇崎・白浜台地に完成。小高小学校防音校舎が完成、島並分校を統合し新校舎に移る (1月)
・任期満了による町長選挙 (2月)
・運動組織「青少年育成麻生町民会議」が発足 (3月)
・大和第二幼稚園が開園 (4月)
・行方南部下水道連合の発足 (6月)
昭和55年
・小高幼稚園防音園舎が小高小学校の隣接地に完成 (1月)
・町議選が行われる (2月)
・島並農村集落センター、岡公園、南地区てづくりむらが完成 (6月)
昭和56年
・行方郡医師会が町内に建設した休日診療所の診療がスタート (4月)
・簡易水道設置事業に着手 (7月)
昭和57年
・大和第二小学校の防音校舎が完成 (1月)
・羽黒山城跡に都市公園・羽黒山公園が誕生 (2月)
・大和第一小学校に体育館と水泳プールが完成 (7月)
昭和58年
・任期満了による町長選。太田幼稚園園舎、麻生中体育館、、大和第二小屋内運動場、麻生町公民館小高分校が完成 (2月)
・町の第一簡易水道事業の一部が完成、宇崎、白浜、岡、蔵川、根小屋の一部に給水開始 (6月)
昭和59年
・霞ヶ浦水郷流域下水道への参入を決定 (1月)
・総合運動場・家族いこいの広場をめざす運動広場の整備に着手。任期満了に伴う町議会。「たくましく生きる水辺の里」をスローガンとし、麻生町第二次総合振興計画を策定 (2月)
・大和第三小学校の防音校舎が完成(麻生町の小中学校の木造校舎は全て解消) (3月)
・太田地区に麻生公民館太田分館が開設。第一簡易水道事業が完了 (5月)
・白浜地区・愛宕神社を中心とする森林地域が緑地環境保全地域に指定される (6月)
昭和60年
・大和小学校にステージ・放送室を備えた屋内運動場が完成 (2月)
・麻生町の合併30周年記念式典が挙行される (3月)
・白浜・井貝両地区に農村集落センターが完成 (4月)
・つくば市で開いた科学万博の催事「麻生町の日」に町民が出演「水辺の里」をアピール (9月)
昭和61年
・「羽黒山荘」が豊かな村づくりパイロット事業の一つとして建設された (4月)
・谷津地区に農村集落センターが完成 (5月)
昭和62年
・任期満了に伴う町長選。麻生町が甘しょの「銘柄産地」となった商品名「紅こがね」の各種販売実績が評価される (2月)
・宇崎農村集落センターが完成 (4月)
・「県立婦人教育会館」が宇崎地内に完成 (5月)
・町民運動広場施設の一部、野球場、テニスコートの貸出しを開始 (6月)
・「麻生御殿向表御間取」「千手観音坐像(観音堂)」「常光院山門」の3件が町指定有形文化財に指定される (9月)
昭和63年
・「鳥追い」が30年ぶりに復活 (1月)
・任期満了による町議選。鹿行を結ぶ北浦大橋が着工 (2月)
・麻生高校が10年ぶりに全国大会出場 (3月)
・篭田農村集落センターが完成。麻生町保険センターが完成。地域住民が八坂神社境内にマツの苗木300本を植える (4月)
・町内四給水区域内に二つ目の第二簡易水道事業が完了。新原・石神地区に降ひょう、最盛期の葉たばこが大打撃を被った (5月)
・大和第二小学校が100周年を迎える (7月)
平成元年
・「茨城の自然100選」に天王崎が選ばれる (3月)
・粗毛地区農村集落センター完成 (4月)
・町民運動広場の全天候型テニスコートが完成。「ふるさと創生一億円の夢」のアイディアに応募、入賞した3人にそれぞれ賞金10万円が贈られた (6月)
・ふるさと創生事業の一環として「麻生音頭」「麻生小唄」を麻生町商工会が作成。第二・第四土曜日の休日として町役場の土曜閉庁がスタート (8月)
・行方小学校が100周年を迎える (11月)
平成2年
・一戸一人を呼びかけ、霞ヶ浦・北浦清掃大作戦を実施 (3月)
・「麻生町土採取事業規制条例」が施行された (4月)
・防災無線情報施設の一部、十二局が開局。麻生町役場―東京駅間を結ぶ高速バスが、関鉄、JRの運行により開業 (7月)
・霞ヶ浦水郷流域下水道にかかる町の公共下水道事業区域三四九ヘクタールのうちの一回目、一九一ヘクタールを都市計画決定、告示した (10月)
平成3年
・旧麻生正藩三家老のうち朱塗りの門を構えた畑家宅を保存し「赤門歴史館」として整備することを決定 (1月)
・六期目の任期満了を迎えた小沼幸藏町長が引退 (2月)
・麻生町船子と玉造町浜を結ぶ国道三五五号バイパスが全線開通 (5月)
・民俗資料を展示した町公民館資料室が一般公開となった (7月)
・中学生を指導する外国青年の英語助手招聘事業を導入 (9月)
・町役場の新庁舎が完成 (11月)
・一人暮らしのお年寄りや身体の不自由な人たちをつなぐ緊急通報システムが開通 (12月)
平成4年
・任期満了の町議選 (2月)
・麻生のイニシャル「A」をモチーフにしたシンボルマークと色、町名表示の書体を発表 (4月)
・「風光る霞ヶ浦あそう」をテーマに参加する町民の夏祭り「フェステバルIN麻生」が初開催 (8月)
平成5年
・教室入り口が絵表示されるなどユニークさをとり入れた麻生第一中学校の防音新校舎が完成 (3月)
・町運動広場に「町民体育館」と「町民弓道場」が完成 (4月)
・中学校にコンピューター授業(教室)が導入。「グリーンフェア93いばらき」の沿道植栽コンクールに応募したフラワーロードが最優秀賞を受賞 (5月)
・霞ヶ浦水質浄化実験事業として進められた「天王崎親水ランド」がオープン (8月)
平成6年
・町づくりの進め方を示した麻生第三次総合振興計画がスタート。麻生藩家老屋敷記念館が前面開放となる (4月)
・麻生、行方、小高の三つの漁協が合併、麻生町漁業協同組合として発足 (5月)
・三年間開催の一回目「あそうヘルスポ94」が開かれる (8月)
・町初めての女性の企画運営による「麻生町女性の集い」が開かれる。「天王崎遊泳場の復活を…麻生町の挑戦」と題する町主催の霞ヶ浦シンポジウムの開催 (10月)
・二四年間町長を務めた小沼幸藏氏が名誉町民第一号となる (12月)
平成7年
・任期満了による町長選 (2月)
・最新の水浄化処理機能を備えた麻生町衛生センターが完成。麻生町の町制施行四〇周年式典が町公民館で開催 (3月)
・昭和五十六年から九年間をかけた町の水道事業が完成。都市計画法改正に伴い麻生町の決定する用途地域を公告 (7月)
・広域火葬場「霞ヶ浦聖苑」が業務を開始 (8月)
・「第六回世界湖沼会議」に先立ち「水環境フォーラム」が麻生町公民館で開催 (9月)
・行方に新しい動脈、行方縦貫道路・牛堀町―麻生町間が開通 (11月)
・町内の小中学生二三人が議員になり、町執行部に質問する「子供模擬議会」が議場で開かれた (12月)
平成8年
・任期満了による町議選 (2月)
・「麻生町老人デイサービスセンター」と「麻生町在宅介護支援センター」が開設 (3月)
・霞ヶ浦開発事業が完了、水位、環境、水質の管理業務に移行 (4月)
・合計10人が乗ってスピードを競うボートレース「Eボート大会」が天王崎で初開催 (10月)
平成9年
・公民館行方分館の跡地に、公民館分館と生涯学習の両面機能を持つ「西浦地区学習センター」が完成 (3月)
・「麻生町ミニシルバー人材センター」が設立総会を開く (4月)
・古豪・麻生高校女子ハンドボール部が県高校新人大会で復活、十八年ぶり五度目の優勝を飾る (12月)
平成10年
・町営住宅・みなみ原団地第Ⅰ期工事二七戸が完成「住宅建設再生プラン」のさきがけとなる (3月)
・自然散策路「白浜ふるさと自然のみち」の発着基地となる白浜ウォーキングセンターが開所 (4月)
・下渕地区コミュニティーセンターが集会所を建て替え、完成。心身障害者ワークス事業による福祉作業所が開設 (5月)
平成11年
・任期満了による町長選 (2月)
・鮎の餌付け・人工授精による孵化に成功するなどの活動が評価され麻生小学校が理科教育優秀校・幡谷財団賞を受賞 (3月)
・交通コミュニティーセンター完成 (4月)
・霞ヶ浦の水質浄化活動が評価された家庭排水浄化推進協議会が環境庁の水環境賞を受けた (6月)
・麻生町外二町環境美化組合が建設したゴミ処理施設の一部が完成・稼動 (8月)
平成12年
・麻生藩時代の出来事を収録した「麻生町史史料編・麻生日記書抜Ⅰ」が刊行 (1月)
・任期満了による町議選 (2月)
・麻生・北浦・玉造の三町の三団体が連携した「行方地方広域シルバー人材センター」が誕生 (4月)
・郡内初の総合病院「なめがた地域総合病院」が完成・開院 (6月)
平成13年

・六園あった町立幼稚園が、麻生幼稚園と太田幼稚園に二園に統合された。麻生町が町独自のホームページを開設、行政情報を掲載するとともに電子メールによる「町長への意見・提案」を呼びかけた (4月)
・伝統漁法の継承と湖上の賑わいを取り戻そうと「帆曳き船復活事業」の第一弾が行われる (5月)
・町立学校給食センターの竣工式が行われる (8月)

平成14年
・「麻生町史」(四巻)「あれから五〇年・戦時下の記憶をたどって」「あそうの石仏・石塔」を刊行 (6月)
・「麻生町・北浦町合併検討協議会」(任意協議会)が初会合、合併に向けた話がスタート (10月)
平成15年
・「麻生町・北浦町合併検討協議会」は玉造町に対し任意協議会への参加を正式に申し入れる (1月)
・任期満了による町長選 (2月)
・白帆荘敷地に建設、三階に展望風呂を備えた「あそう温泉白帆の湯」がオープン (4月)
・「麻生町史史料編・麻生日記書抜Ⅲ」が発刊 (5月)
平成16年
・任期満了の町議選。玉造町が合併協議会参加を表明、法定合併協議会設置議案を会議に提出 (2月)
・あそう温泉「白帆の湯」は「夕暮れの霞ヶ浦」の魅力が誘って、利用者10万人到達 (6月)
・「行方郡合併協議会」は新市名称を「行方市」に決定 (9月)
平成17年
・麻生・北浦・玉造の三町長は「9月2日・行方市発足」とする合併申請書を茨城県知事に提出 (3月)
・全国植樹祭後の地方視察に向かわれた天皇皇后両陛下が麻生町役場を訪問、休憩された (6月)

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  • 【最終更新日】2010年3月9日
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